『探偵の暇つぶし』

著者: 文車鞠花 (ふぐるま まりか)  ・  使用時はクレジット表記または口頭での説明をお願いします。
台本の登場人物名はご自由に変更してかまいません。

登場人物(2~3人)

★探偵 … 好奇心旺盛で倫理観が欠如している天才。興味のあること以外はダメダメで普段の生活態度はだらしなく、助手に家事全般を任せている。

☆助手 … 真面目で世話焼き、探偵のことを慕っているがそれはそれ。これはこれ。良識的かつ冷えたツッコミをいれる。

ナレーション…天の声。

場面:探偵事務所

ゾッとするほど月の綺麗な夜。助手お手製のカレーを食べて、即ソファに寝転がった探偵は新聞を開いて声を上げた。

「○○君、見たまえ。この間の事件の記事が載っているよ。なかなかよく写ってる。こう見ると、私も捨てたもんじゃないね。スクラップブックにでも貼っとこうか」

「まったく先生ったら! 威張ることじゃないでしょう。結局、僕らは事件を解決できなかったんですよ?」

「そう、かっかするなよ。手応えのあるゲームほど面白いものもないだろう?」

「不謹慎な発言はお控えください。人が亡くなっているんですよ。それに、週刊誌にでもすっぱ抜かれたら炎上間違いなしなんですからね」

「真面目だね。君のセンチメンタリズムは好ましく思っているけれど、早く慣れてしまった方が楽なのに。……それに私達は常にクールな頭で物事を考えなくちゃいけないんだ。アイスコーヒーなんかが特に効く」

そういっておもむろに立ち上がった探偵がよく冷えた缶コーヒーを持って戻ってくると、それを助手に放り投げた。

「ほら! 沸騰した脳みそじゃ見えるものも見えやしない。特別に私お気に入りメーカーのストックをやろう」

「…ありがとうございます。でも、今度からはコーヒー豆を買ってきてください。もったいないですから」

「君がカップを置きっぱなしにするのはやめろっていつも怒るからすぐポイできるこいつに依存するんじゃないか。まだ中身が入ってるのに、すぐ流しに持っていくし」

「一日以上放置した飲みかけのコーヒーをためらいなく飲む先生の神経がおかしいんです。先生のファンが知ったら、部屋の惨状に悲鳴をあげますよ。まったく、外面だけはいいんだから」

「君だって私のファンだったくせに。初めて事務所に来た時はあんなに初々しくて可愛らしかったのに、今ではこんな口うるさい家政婦になるとは…」

「僕だって、先生がこんなあんぽんたんだと知ってたら事務所をノックしませんでした」

「とかいいつつ、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるんだ君は。ツンデレってやつかい?」

「ほんと、口だけはよく回りますよね」

「それで話を戻すけど、○○君は結局あの事件誰が犯人だと思う?」

「うーん。まず、連続自殺事件っていうこのあおるような見出しが気にくわないです。被害者の遺体は皆、首を絞められた上に折られているんですよ? 自分自身でそんなことできるはずがない」

「でも、実際首に残った跡は被害者の手の跡と一致しているわけだし。ちまたではイカれたカルト信者が続けて自殺したとか言われてるみたいだが」

「『満月の晩に自らの強い意思で神のみもとに馳せ参じれば幸福に満ちた永遠の安息が与えられる』ってやつですか? もう何もかもがうさんくさいじゃないですか。そもそもですよ? いくら神様に死ねって言われたからって『はい、わかりました』と死ぬ人間がどこにいるんです?」

「だから狂信者っていうんだろ」

「そういうもんですか?」

眉間に皺を寄せて、首を振った助手は今一度考え込む。

「絶対、他殺だと思うんですけどね。でも、最も疑わしい容疑者達はみんなアリバイがある…」

「もう一度整理してみようか。案外話してるうちに真実にたどり着くかもしれない」

「そうですね…。まず1人目の被害者は、町の資産家。旅行先のホテルで朝、亡くなっているところを発見されました。彼はカルトにはまるような人間に見えませんでしたけれど、数年前奥さんを亡くしてからおかしくなっていたとか。彼が死んでからわかったことですが秘書の方も癇癪を起こした被害者に常日頃から杖で頭を強く殴られて、何針か縫っていたそうですね」

「そうだね」

「怨恨の可能性があるとしたら、その不当な扱いを受けた秘書が一番怪しいけれど犯行時刻に彼は『ここに居合わせたのも何かの縁だから、名探偵と名高い貴方様にぜひ奥様殺しの犯人を探して欲しいと旦那様が』って僕らと長く話し込んでたから不可能なんですよね」

「うん、なにかのトリックがあるかもと思ったけれど特に仕掛けも見当たらなかったよね」

「…それなのに部屋は密室状態で先生が『朝食の席で旦那様からも詳しい話を聞きたい』って扉を開けるまでしっかり鍵は閉まってた。時折、ふっと錯乱することはあったようですがあの夜もそうだったんでしょうか?」

「まあ人の気持ちは分からないが、奥様との思い出のあるホテルだったようだし。自らの思い出に首を絞められた可能性はあるのかもね」

「2人目は、大女優。以前、解決した事件のお礼にと僕らを楽屋にまで招いてくれた笑顔の素敵な女性でした。彼女も楽屋で自らの首を絞めて、自殺…。以前の事件の時に負った顔の火傷を気にして随分長く休んではいたけれど、メイクさんも頑張っていたし、ファンも好意的で、てっきり乗り越えられたとばかり思っていましたが…」

「例の事件で死刑が決まった犯人の身内が逆恨みして、こっそり香水瓶に硫酸を入れて会場に紛れ込もうとしていたのが気にかかるが、すぐに取り押さえられたから彼女の楽屋どころか会場内にも入れていないしね。念の為、無事を確かめに駆け込んだ楽屋でまさか彼女があんな姿になっているとは思わなかった…。輝かしい三面鏡に映し出された自身の傷跡を見て、改めて絶望してしまったのかな?」

「3人目は、ごくごく普通の家庭の主婦。ここに旦那さんの浮気調査を依頼しにきて、クロとわかってからは目に見えて落ち込んでいたけれど――自殺するだなんて信じられません。怪しいのは旦那と浮気相手ですが、奥さんが死んだその時刻ものんきにいちゃいちゃ密会していましたからね。しかもご丁寧に隣町で!犯行時刻までに家に戻ってくるなんて馬車を飛ばしても不可能です」

「その通りだ。被害者に共通するのは、皆、大なり小なり悩み事を抱えていて、自殺の動機がある。だからこそ、カルト説が盛り上がってるんだろう」

「うーん…。本当にそうなんでしょうか? やっぱり僕らは何かを見落としてる気がします。他にもなにか共通点があるんじゃ」

「おいおい、冗談だろう? そんな目で私を見つめても答えは降ってこない。そこまでわかっていながらピンと来ないなんて、君は本当にこの仕事に向いてないなぁ」

「えっ? じゃあ先生は犯人に目星がついたんですか?」

つまらなそうに口を尖らせて、くしゃくしゃに丸めた新聞紙を放り投げて文句を言う探偵に助手は目を見開く。自堕落な人だけれどなんだかんだ言ってやっぱり先生は名探偵なのだと改めて感心し、探偵が新たに生み出したゴミを片付けようと手を伸ばそうとして――固まった。

「あれ、おかしいな。立てな…」

「共通点はもうひとつ。それは――彼らの部屋の扉を開けた人物は私だってことさ」

「せ、先生…?」

「かのホームズ氏も言ってたろう? 『全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』とね」

「でも、だって、それじゃあ、犯人は――」

震えてじり、と後ずさる助手に、パチパチパチとゆっくり拍手を送りながら探偵は笑みを浮かべてにじり寄る。

「うん、そういうことだよ。この世の中なんて全部単純なもので構成されているんだ。君もまたひとつ賢くなったね」

「なんで、どうしてなんですか? 先生…!!」

恐怖で喉をひくつかせる助手の手を取って、喉元にあてがう。その手を上から握り込むようにしてぎゅうぎゅうと力を探偵はいれる。

「君は善良で賢くて、お料理上手のいいやつだった。君の特製カレーが食べられなくなるなんて実に残念だよ。こればっかりは私のおしゃべりな口を呪うね。こんなイカれた自慢話に付き合わされて、前途有望な若者が死んでしまうだなんて」

「うぅ、う…」

楽しそうに喋り続ける探偵の声がどんどん遠のいていく。酸欠だ。がくり、と意識を失った助手がこうべをたれる。

「じゃあ――お疲れ様」

最後にめきりと思い切り力を入れて、探偵は彼の遺体をソファの上に放り投げた。そして、受話器に手をかける。

「もしもし、警部。事件だ。私の助手が――第4の被害者だ」

電話線のコードをクルクル指でもてあそびながら、沈痛な声でそう告げる探偵の姿はまるで胴と首をすげ替えたアクションフィギュアのよう。ガチャリ、と電話を切って探偵は助手だったモノを頬杖をついて見つめた。

「ずいぶん大人しくなっちゃってまあ。だから感情論で物事を考えるなって言ったのに」

「ねぇ、〇〇君。私が飽きるのが先か、世間が気付くのが先か。君はどっちだと思う?」

もちろん――返事はかえってこなかった。