閉ざされた病院の夜

【登場人物】
ミサキ(女) … 勇敢で好奇心旺盛。肝が据わっている。
タクミ(男) … 怖がりで、幽霊話が苦手。

【場面1:病院の正門前】
(夜、外灯がちらつく音。冷たい風が吹き抜ける。)

タクミ

……なあ、ミサキ。本当に行くのか?
ここさ、もう30年も前に閉鎖されてるんだぞ。
外から見るだけでも背筋がゾワッとするのに、中に入るとか正気の沙汰じゃない。
おまけに“夜中の廊下で足音が聞こえる”なんて噂まであるんだろ?
俺、そういう話マジでダメなんだって。

ミサキ

だからこそ確かめるの。
噂は噂のままだと、どんどん膨らんで本物みたいになっちゃうでしょ?
この目と耳で真相を確かめれば、案外バカらしい理由かもしれないじゃん。
それにさ、怖がって帰ったら、それこそ一生“足音の真相”は謎のままよ。

タクミ

いやいや、“真相”なんて別に知らなくていいだろ。
俺は普通に家帰って、こたつでみかん食ってるほうが好きだ。

ミサキ

ほら、言ってる間に時間が過ぎる。
夜中のほうが静かで調べやすいんだから、行くよ。

(門を押し開ける。重く軋む音。)

【場面2:病院1階ロビー】
(懐中電灯の明かり。埃が舞う。足音が反響する。)

タクミ

……うわ、なんだこの空気。ホコリとカビが混ざったみたいな匂いだな。
床、冷たいし…なんかぬるっとしてるところもあるぞ。これ本当に大丈夫か?

ミサキ

見て。受付カウンターの上に何か置いてある。

タクミ

……うわっ、日誌? そんなの開くなって!
そういうの、絶対に開くと嫌なことが書いてあるんだって!

ミサキ

『最終患者の行方がわからない』…だって。
閉鎖される最後の日に、患者が一人行方不明になったってことかな。

タクミ

ほらー! 言ったろ! そういう不穏な情報を掘り出すなって!
もう空気が重くなった気がするじゃん!

【場面3:廊下】
(長い廊下。遠くでカタッと物音。)

タクミ

……おい、今の音、聞こえたか?
何かが倒れたっていうか…金属が当たったような音だぞ。
俺、こういう時の“音”が一番ダメなんだよ…

ミサキ

風が吹き込んだだけじゃない? この建物、窓ガラス割れてるし。

タクミ

いや、あれは風の音じゃない。
もっとこう…規則的で、人が歩いたみたいな…

(微かに“助けて…”という声のような風音。)

タクミ

ひぃっ…! 今、女の声…だよな? なあ、聞こえたよな!?

ミサキ

……あっちから聞こえた。声のするほうへ行こう。

タクミ

いや、普通逆でしょ!? 声がしたら避けるもんでしょ!?

【場面4:病室】
(ベッドが並ぶ。1台だけ新しいシーツ。)

ミサキ

この部屋…なんでこのベッドだけシーツが新しいんだろう。
他は埃だらけでカビも生えてるのに、ここだけは最近誰かが整えたみたい。

タクミ

やだやだやだ…そういうのはホラー映画のパターンだって…

(シーツをめくると、古びた紙が落ちる。)

ミサキ

『最終夜、窓の外から叫び声』…って書いてある。
誰か、この部屋から外に向かって叫んでたってこと?

(突然、窓がガタガタ揺れる音。)

タクミ

うわぁぁっ!! もう帰ろう!!

【場面5:院長室】
(机の上に地図と鍵束。)

ミサキ

病院全体の見取り図だ。…屋上に出る階段があるみたい。

タクミ

マジで行くの? こんな状況で屋上って、一番やばい場所じゃん…

【場面6:屋上】
(フェンスのそばに古い金属管が並び、強風が吹く。)

ミサキ

……あれ、聞こえる? この低い音。

タクミ

うん…なんか不気味な唸り声みたいで嫌だ…

ミサキ

たぶんこの古い排気管だよ。中が錆びてて、風が通ると音が鳴るんだ。
しかも、階段の踊り場に雨水がたまってて、それがポタポタ落ちる音が、ちょうど人の足音みたいに響くんだ。

タクミ

……ってことは、噂の“足音”も“声”も、ただの風と水の音だったってことか?

ミサキ

そういうこと。音ってね、条件がそろうと人の声や足音に聞こえることがあるの。
特に夜中は静かだから、余計にそう感じやすいんだよ。

タクミ

な、なんだよ…あんなにビビってたのに…全部自然現象かよ…

(風がやみ、静寂。)

【場面7:病院出口】
(外に出る二人。夜明け前の空。)

タクミ

はぁ…よかった…幽霊じゃなくて。心臓に悪い夜だった…

ミサキ

原因がわかれば、ただの廃墟だよ。

タクミ

“ただの”って言うな。今でもちょっと怖いんだから。

ミサキ

ふふっ、じゃあ次は廃トンネルに行ってみよっか。

タクミ

だから! 話聞けって!!